こんにちは。

Edu Support Office　川上淳子です。

✲　✲　✲    ✲　✲

3月19日の記事の続きです。

大江健三郎著『新しい人よ眼ざめよ』。

この書籍のラストにずっと心惹かれていました。障害をもつ長男（イーヨー）と次男が歩いている姿を「新しい人よ　眼ざめよ」と捉えている一文です。

20代最後の年度、当初心を開かず、涙で床を濡らしている児童を担任していました。ある日、その子が2階の職員玄関に向かう外階段から、

「せんせい」

と私に呼びかけてくれたとき、氏の一文が溢れるように蘇りました。心を通わせ、大きな変化を遂げた児童を見て、「子どもは育つのだ」ということを心底感じ、児童の成長に資する授業をしたいと誓った出来事でもありました。

障害の故に理解不能な言動を繰り返す長男のイーヨー。その一つ一つにどのような意味があるのかを汲み取れたのは文学者としての高い能力があったからだと思いました。

しかし、氏の長男をめぐる丁寧な描写をとおして、市井の私どもに子育ての知恵を分けてくださっていました。私の長男も小さい頃は虚弱体質で言葉も遅い子でした。大江さんのようにわが子の味方でいたいと願って接することができたのも、著書のこの一文のおかげでした。

さて、前置きが長くなりました。

『新しい人よ眼ざめよ』講談社　1989.11.20 第13刷　P292　L2～L9より引用　註：（　　）は川上の編集

背にも躰の嵩にも、大きな差のある兄弟ふたりが、なんとか肩をくんで食卓へやって来る。そしてそれぞれ勢いよく食事をはじめるのを見ながら、僕は直前の喪失感がなお尾をひいているなかで、そうか、イーヨーという呼び名はなくなってしまうのか、と考えた。それはしかし、自然な時の勢いなのだろう。息子よ、確かにわれわれはいまきみを、イーヨーという幼児の呼び名でなく、光と呼びはじめねばならぬ。そのような歳にきみは達したのだ。きみ、光（ひかり）と、そしてすぐにもきみの弟、桜麻（さくらお）とが、ふたりの若者としてわれわれの前に立つことになるだろう。

（ブレイクの『ミルトン』序の一節を省略）眼ざめよ、おお、新時代の若者らよ！（後略）＝＝＝ここまで引用。

🍀

「食卓へ向かう」というどこの家庭でも繰り返される光景の中に、障害をもちながらも弟と共に成長している姿をこうも描けるのかと感嘆した箇所です。

大江さんは幼いのときの呼び名ではなく、その子の名前で呼ぶ姿に新時代の若者を見出しているのでした。

教員時代、教室では一年生でも〇〇さんとさんづけで呼んでいました。学校生活の決まりとして明文化している学校もありましたが、私の中では大江の影響もあって気をつけていました。

来月は新学期。

親御さん自身は幼児の呼び名を止める日がやって来るまで待っていてもよいでしょう。

入学を期に呼称一つのことで新しい生活に馴染んだり馴染まなかったりするものです。ときどき名前で呼びかける機会を設けてみてはいかがでしょうか。新しい人としてわが子を見る機会になることでしょう。

✲　✲　✲　✲　✲

Edu Support Office

川上 淳子 | 【公式】日本アンガーマネジメント協会 (angermanagement.co.jp)

元国立大学法人宮城教育大学教育学部非常勤講師
元宮城県公立小学校教員

登壇依頼☞https://ws.formzu.net/dist/S37159426/